MILKBARインタビュー 癌との闘い、解散の危機を乗り越えて、歌い続けた7年間

京都を拠点にしながら活動するバンド・MILKBARが、結成7年目にしてようやく初のファーストフルアルバム『Detritus』をリリースする。決してスローペースで活動をすることを自ら選んできたわけではなく、自分たちの精神的な弱さや周りとのコミュニケーションの壁に何度も挫けそうになりながら、スマートに歩む術を知らずに試行錯誤を続けてきた7年だった。バンドにとって一番の苦難だったのは、メンバーの寺田が舌癌によって生死の境目に立たされたとき。残された二人は「辞めよう」と話をしたと言う。「逃げ出してしまいたい」と思いながらも、彼らが歌い続けた理由は何だったのか。

社会の中で暮らしていると、物事を器用に動かす方法を知っている人たちを心底羨ましく思うことがある。しかし、不器用さやコンプレックスをさらけ出しながら歌うMILKBARの音楽と、彼らのインタビュー中の言葉は、人間は不完全な部分があるからこそ、見える景色や出会える人、そして感じられる喜怒哀楽があるのだということを教えてくれた。

インタビュー・テキスト・撮影:矢島由佳子(2015/2/18)

病気が発覚したのが遅くて、命に関わるところまでいってしまってたんです。二人には悪いけど、「俺、死ぬな」って思ってましたからね。(寺田)

— バンド結成7年目にして、ようやく初のフルアルバムがリリースされますね。試行錯誤しながら活動を続けてきて、「ようやくこの地点に立てた」という感じなのかと思うのですが。この7年を振り返ってみて、バンドにとっての一番大きな山場は何でした?

梶谷(Dr):3年前ですね。『ソーダ水の気の抜けた朝に』を出した時に、寺田が病気になって。そのミニアルバムが僕たちにとっては初めての全国流通盤で、「ここからガンガン行くぜ」って思ってた時だったんですよね。しかも、その病気っていうのが、舌癌で。生命の危険があるって言われて。

寺田(Ba):病気が発覚したのが遅くて、命に関わるところまでいってしまってたんです。リリースもワンマンライブも控えてる時期に、バンドができないっていうのはすごく辛かったし、二人に迷惑をかけたなって思います。二人には悪いけど、「俺、死ぬな」って思ってましたからね。

北小路(Vo,Gt):俺も「死ぬやろうな」って思ってたよ。舌癌って、リンパの隣にできるから、リンパに転移して全身にまわりやすいらしくて、しかも発覚した時点でレベル4(最も悪化している状態)やったから。「もう手の付けどころがない」って言われてましたからね。

MILKBAR
北小路直也(Vo,Gt)

梶谷:当時、(北小路)直也と二人でめっちゃ癌について調べてたもんな。

— その時、寺田さんは約1年間バンドから離れていたんですよね。残された二人は、どういう状態でMILKBARを動かしていたのでしょうか?

梶谷:森さん(勇太。空中ループのベーシスト)にサポートとして入ってもらって、ライブやプロモーション活動をやってたんですけど。オリジナルメンバーでやれないという悔しさのまま、テンションだけが下がっていくという状況で。

北小路:あの時期は、バンドをやってる中で一番ひどかったですね。気持ちのバランスがとれないままやっていて、面白くなくなってくるし、でも自分たちだけで動いているわけじゃなかったから止まられへんし、義務感もプレッシャーもあるし。バンドを「やってる」というよりも「こなしてる」っていう感覚でした。

梶谷:森さんにはだいぶよくしてもらっていて、僕らのテンションを上げようと一生懸命やってくれてはって。それで僕らも「頑張らないと、気持ちを返さないと」って思ってたんですけど、それもだんだん負担にもなってきて、どんどん追い込まれていく時期やったな。

MILKBAR
梶谷遼平(Dr)

北小路:やっぱりバンドって、自分たちの性感帯みたいな部分のつながりで音楽をやっているから、別の人が入ったらそれが成立しないんですよね。

梶谷:ある日、ライブの楽屋の廊下で、直也が「辞めたい」って漏らして。「せやな、どうしようか」っていう話になったぐらいまで落ちてました。

— そこで辞めるという選択肢には至らず、MILKBARを続けていたのはなぜだったのでしょう?

北小路:今もそうなんですけど、寺田がたぶん一番このバンドを純粋に好きなんです。変な話、「売れへんでもいいし、日の目を浴びへんでもいい。ただ、このメンバーとずっとやっていきたい」っていう気持ちが、すごく真っ直ぐあるんですよ。だから、僕はバンドを辞めたいけど、辞めてしまったらこいつは何のために闘病を頑張るかも分からなくなるやろうし、帰る場所をなくしてしまうのも裏切りやし。なので、とりあえず周りの人や応援してくれている人に食らいついて行こうみたいな感じで持続してたかな。「死に物狂い」って言い方は大げさかもしれないですけど、そんな感じでした。

— 寺田さんの病は、今は克服できたってことですよね……?

寺田:一応、今年の8月で手術してから3年にあたるので、危ない時期は超えたかなって。でも、手術後もずっとびくびくしてました。実は、いろんな治療法があるんですけど、再発の可能性を下げるために医学的にはやっておいたほうがいい治療の1つをやってなくて。その治療をやっちゃうと、後遺症が残ってバンドに帰ってこられない可能性がすごく高くなるから、それが嫌で治療を受けずに帰ってきたんです。

MILKBAR
寺田達司(Ba)

北小路:その話を相談されて、治してほしいけど、やっぱり今しかできへんことっていっぱいあるし、楽しいことを楽しいって思えるうちにちゃんとやらないと音楽家としても人としても損するし、「自分のやりたいようにしたらいい」っていう話をしましたね。

— 寺田さんがその治療を選ばなかったっていうのは、音楽をやりたいっていうよりも、MILKBARがやりたいって気持ちが大きかったですか?

寺田:そうですね。MILKBARに戻ることがモチベーションになってました。挫けそうな時もありましたけど、やっぱり帰ってきたかったっていうのはでかかったですね。僕が休んでいる間、なんばHatchでMILKBARのライブがあったんですけど、その時俺は病室にいたんですよね。それがすっごく悔しくて。

北小路:そう。そのなんばHatchに出たイベントの前の年に、三人でなんばHatchにライブを観に行ったことがあって。その時に「俺ら絶対このステージに出ようぜ」って、初めての約束をしたんです。その翌年にそれが叶えられることになったのに、寺田さんがいなくて、ほんまにやりきれへん気持ちでした。

マグカップ「MILKBAR結成7周年記念マグカップ」

マグカップ「MILKBAR結成7周年記念マグカップ」

¥1,980
MILKBAR『Detritus』(CD)

MILKBAR『Detritus』(CD)

2015年2月18日(水)発売
価格:2,500円(税込)
HOT MILK RECORD / HOTM-0001
1. Petronoise
2. TICTAC
3. 君に涙、僕に涙
4. きらり
5. さよなら、まぼろし
6. 5月14日、雨の日に。
7. THE JOSHUA TREE
8. hello lina
9. Shelly
10. 愛と死
11. 世界を包丁で切り分けろ少女
12. ルーゼとフランと美しい雨の街

イベント情報

『MILKBAR「Detritus」発売記念 インストアLIVE』
2015年2月28日(土)OPEN / START 16:00
会場:京都府 タワーレコード京都店9Fイベントスペース

2015年3月7日(土)OPEN / START 13:00
会場:愛知県 タワーレコード名古屋近鉄パッセ店

2015年3月14日(土)OPEN / START 18:00
会場:東京都 タワーレコード渋谷店3Fイベントスペース
『Moccobond presents 『ナイスルームへようこそ!』』
2015年2月22日(日)
会場:大阪府 心斎橋 Live House Pangea
出演:
MILKBAR
Moccobond
チーナ
ヒトリルーム
料金:前売・当日 未定(共にドリンク別)
『揺らせ世界、書き変えろムジカ、存在を無とし、想像に化けろ』
2015年3月13日(金)
会場:愛知県 名古屋 CLUB ROCK'n'ROLL
出演:
MILKBAR
nurmutt
the skateboard kids
いとまとあやこ
中村佳穂
料金:前売2,000円 当日2,300円(共にドリンク別)

BRAND INFORMATION

MILKBAR(みるくばー)

MILKBAR(みるくばー)

2008年京都にて結成。異例のなんばHatch出演、そして数々のライブサーキットて入場規制。ドイツのハンブルグ映画祭で上映されたショートムービー『MILK』のエンディング曲に起用されるなど、各方面から高い評価を受ける。LIVE会場限定の音源『愛しさに咽び泣いた夜だった』『逃げ出してしまいたい、』は 瞬く間にソールドアウト。2012年はタワーレコード限定販売で『ソーダ水の気の抜けた朝に』を発売、即日ソールドアウトし話題を呼ぶ。2013年は初の全国リリース作品『THE JOSHUA TREE』を発表、地元京都でワンマンLIVEを開催、大盛況を呼ぶ。そして結成7周年を迎えた2月、LIVEで評価の高い“TICTAC”“きらり”“愛と死”などの未発表曲を含むMILKBARの今までを詰め込んだ至高のPOPアルバムを発売する。

OTHER FEATURES